Special Afternoon
 for a Maid servant of the Athhas Union

 それは、いつもどおりの、しかしいつもとは少し違った午後のこと。

 基本的に私共メイドを含めた使用人は、ご主人様方のランチタイムとお片付けが終わった後は、ランチと休憩とを兼ねたお昼休みを頂きます。
 朝の炊事・洗濯・お掃除などのお仕事が全て午前中に終わるように働いた後は、楽しいランチとティータイムが。
 その時間は普段、噂話や内緒の話。気になることの意見交換や、季節のお花のお話など、ただ楽しく雑談に花を咲かせている時間なのですが。
 その日はいつもと少し違って、食事が終わった頃にお客様をお迎えしました。

「まぁ、カガリお嬢様。どうかなさいましたか?」
 天気の良い日、休憩に使わせていただくテラスでは、数人のメイドが食後のティータイムの最中。
 主人の訪れに、一様に皆立ち上がり、一礼する。
「すまない、楽しい話の最中に。
特に用と言うほどの事ではないから座って楽にしてくれ」
「失礼致します」
 一番部屋側に近い席の一人を残して座ると、カガリ様の次の言葉を待つように、静かに視線を向けさせて頂く。
「すまないが、アスランを預かってもらえるだろうか」
「……アスラン様をですか?」
「ここのところ働き詰めなのに、たまの休みにも部屋にこもっていて……。
見ているこっちが滅入りそうだから、なんとかして連れ出して、お茶の輪に加えてもらえないだろうか。
少し、気分転換させてやって欲しいんだ」
「かしこまりました。
……カガリ様は……?」
「すまないが、また行政府へ戻らなければいけない。
本当は、あいつがああなったらついててやりたいんだけどな。そういうわけにもいかなくて……」
 年若い主人の、恋人を気遣う様子にメイド一同は暖かいものを覚える。
 自分たちの主人は、こうして人を思いやることの出来る、素晴らしい方。
 それが何よりも嬉しくなって、もう一度「かしこまりました」と誇らしい気持ちで言う。
「お任せ下さいませ。とっておきのティータイムをご一緒させていただきます」
「すまない。頼んだ」
 踵を返したカガリ様を目礼で見送り、一人が後に続いて玄関までのお見送りをする。
「いってらっしゃいませ。お早いお帰りをお待ち申し上げております」
「行ってくる。
……視察だけだから、問題がなければ早めに戻れるかもしれない。
何事もないことを祈っていてくれ」
 老執事が上着のお世話をし、カガリ様は一度こちらに笑みを向けて車へと入られた。
 走り出した車に向かい深く礼をして、テラスへと戻る。
 既に、残りのメンバーはお昼のお茶を切り上げて、タイミングからして3時頃が丁度良くなるであろうティータイムの算段を始めていた。
 あまり甘いものはあまりお好みでいらっしゃらない事は、事前に承知済み。
 それならば、甘くないお茶菓子を用意させて頂く。
 スコーン・ショートブレッド・クラッカー・チーズパイ。
 季節のお花が一輪あってもいい。庭から、咲き初めの花を、一輪。
 テーブルは、まばゆいばかりの白いレース編みのクロスを選んで。
 時折テラスを穏やかに吹き抜ける、新緑の香りをはらんだ風が心地よいので、丸いテーブルにキャンバス地の白いパラソルを差して、テーブルを整えた。
「アスラン様はお気に召しますかしら」
「気に入っていただけると宜しいですわね」
「お迎えはどなたが?」
 紅茶の準備に一人。
 セッティングしたテーブル周りに、少なくとも二人。
 視線を交わしあい、簡単に相談した後、先に手の空いたお茶菓子を担当した三人が、主賓をお迎えする大任を引き受ける。
 テラスのある二階から、一階の私室へ。
 カガリお嬢様が現在の主人ではあるが、メイド達の間では、カガリ様の恋人でいらっしゃるアスラン様を、もう一人の主人と思いお仕えしている。
 表立っての主人扱いはアスラン様が固辞なさるために、決して出来はしないけれども、気持ちの上ではカガリ様と同格にお世話をさせて頂いている。
 どうやら、軍にいらしたと推察させていただくアスラン様は、ご自身のことはほとんどご自身でなさる為に、実はあまり、メイドたちの出番がない。
 ただ、お洋服のクリーニングなどは、少し増えたところで変わらないし、一人分のお洗濯ではかえって時間がかかる、という、少々無理にも思える理由をつけて引き受けさせて頂いた。
「私たちのお仕事をお取りにならないで下さいませ。
仕事がなくなっては、お屋敷にお世話に上がることが出来なくなってしまいます」
 基本的にフェミニストなのであろうもう一人の主人は、苦笑しながらもこちらの思惑に気付いて、快くお洗濯物を任せて下さった。
 畳み終わったお洋服をお持ちするときと、ランドリーボックスに入った洗い物を回収する時にしかお部屋のほうには伺わないため、こうしてお茶のお誘いをするのには少し緊張する。
 一人が仲間と視線を交わしあって、部屋の呼び出しのベルを鳴らすと、程なくして、中からは部屋の主人が顔を覗かせた。
 寝間着に近いラフな姿で、軽く整えた髪にも少し癖がついている。
「お休みのところを失礼致します、アスラン様。
宜しければ、テラスにお茶のご用意をさせて頂いたのですが、ご一緒に如何ですか?」
「……あ……いや、俺は……」
 と、控えめにお断りのお言葉を頂くのは、実は大方のメイド達の予想済みの事。
 けれど、カガリ様直々のご依頼を果たすには、おそらく少々強引な手段を使ってでもお部屋から出て頂いて、気分転換して頂いた方がいいのだろう。
 それならば、少し策は考えてある。
「お茶菓子もお焼きしたのですけれども……。私の新作なのですが、お味見いただけませんか?」
 以前から、デザートやアフタヌーンティーなどに、オリジナルの菓子を作っていた一人がお願いすると、お優しいアスラン様は滅多な事ではお断りになる事はない。
「……着替えてからでも、いいだろうか。さほど時間はかからないから」
「ありがとうございます。二階のテラスのほうにお席をご用意してございますので、御案内させて頂きます。
もちろん、お着替えが終わるまではドアのこちら側で待機致しておりますので」
「待っててもらうのは悪いから、先に……」
「いえ、私どものささやかなティーパーティーのゲストですもの。御案内させて下さいませ」
 笑顔で押し切って、私共は、ゲストをティーパーティーにお招きすることに成功した。


「いらっしゃいませ、アスラン様。お待ち申し上げておりました」
「ようこそ、私共のティーパーティへ。
ささやかではありますが、どうぞお楽しみください」
「すまない。お邪魔させていただく」
 着席したメイドの輪の中に加わると、アスラン様がやや気後れしたような表情を見せる。
 しかし、アスラン様の丁度正面にあたる所へは、古参の執事に座ってもらった。
 女の中に一人では、お控えめでいらっしゃるアスラン様はきっと気後れなさるだろう。
 その判断は正しかったようで、先にくつろぐ様子の執事に目礼した後、柔らかい表情となる。
「本日の茶葉は、ダージリンのストレートフラッシュでございます。
お砂糖は如何なさいますか?」
「いや、結構。……どうか座ってくれ」
「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます。
 アスランの分の紅茶をいれ、サービスをしていたメイドは席に着く。
「お茶のお味は如何ですか?」
「いい茶葉だな」
「ありがとう存じます」
 甘くない取り合わせの菓子を取り分けてお勧めし、口を開けばかしましいばかりのメイド集団は、その会話の口火を切る。
「それにしても…いいお天気ですのに、カガリ様がご一緒でなくて残念ですわ」
「後でお菓子はお持ちするにしても、こうお忙しくては……。
お休みもほとんどおとりにならないで……わたくし、カガリ様が心配ですわ」
「アスラン様も、お忙しくていらっしゃるのでしょう?」
「いや、俺は……ただのボディーガードで……」
「……カガリ様の補佐をなさっていることはお聞き及んでおりますわ。
どうかご謙遜なさらないで下さいませ、アスラン様」
「ええと……すまないが、その、アスラン、というのは……」
 ID上、別の名前になっているのに、屋敷の中だけだとしても本来の名で呼ばれるのはあまり好ましくない。
 そういった主旨の御説明を丁寧になさって、アスラン様は不安げにこちらを見遣った。
「……失礼致しました。アレックス様」
「アスラン、というお名前をお呼び出来るのは、カガリ様だけですもの……。
差し出た真似を申し上げました。お許し下さいませ」
「あ、いや……謝ることじゃないんだ。そんなに気にしないでくれ」
「そうですよね、カガリ様だけは特別ですものね」
「そういえば……如何ですか? カガリ様」
「……どう、って?」
「カガリ様は、昔からあの通りでございますでしょう?
少しは女らしくしていらっしゃるのかと、私共は心配で……」
「アレックス様の前では如何なものなのかと、前から一度お聞きしてみたかったんですよ?」
「お屋敷にお戻りになられてから、カガリ様はだいぶ、以前よりも丸くなったような気が致します。
それは、やはりアレックス様がお近くにいらっしゃるから、というのも大きいと思うのですけれど……」
 言葉が鋭角にならないよう気を使いながらも、限りなく核心に近い答えを引き出すように、口を挟む暇を置かずに質問させて頂く。
「ドレスもお召しにならずに、首長服で通されますでしょう? やはり表面では女性らしさが見えて参りませんので……お話しておりますと、マーナ様も心配なさっておいでで……」
 視線を投げかけると、アスラン様は苦笑なさる。
「心配するようなことはないと思う。カガリは、充分に女らしいし……。
ただ、女であることが悔しいだけなんじゃないかと思う。
……そう心配することは……」
 最後は言葉にせず、頷きで締めくくる。
「左様でございますの? では、カガリ様は、アレックス様の前ではお可愛らしくていらっしゃいまして?」
「だいたい……そうだな」
「まぁ、それは結構でございますわね。
やはり、こう、女性としての丸みが出てきたというか……
……だいぶ、抱き心地も変わったりしたのではありません?」
「え……あ、いや、そんな事は……」
「あら、カガリ様、少しは胸周りも成長なさったと思うのですけれども……アレックス様としては、カガリ様はお変わりありません?」
「……そう言う意味かぁ……?」
 主旨に気付いたアスラン様が、抗議するような声音。
「まぁ。それでは、先程の答えは、どういう意味でございましたのでしょう?」
 掘った墓穴にすかさず合いの手を入れる。
 逃がしませんよ、とばかりに言葉で包囲して、白状させるように先を促してみて。
「少し……柔らかくはなったな」
「それは、御一緒にお休みになられる際の御感想ですか?」
 恥ずかし紛れに茶を呷った絶妙なタイミングでの質問に、アスラン様は大変苦しそうなお顔をなさり……。
「……こら……なんて事……」
 ……と、息も絶え絶え。
「お隠しになられずとも存じ上げておりますわ、アレックス様。
……でも、ここはお立場上、カガリ様をおかばいになる際の抱き心地、という事にしておきましょう」
 年長のメイドが、さらりとフォローを申し上げ、何食わぬ顔でカップを傾ける。
 余裕の笑みを向けられて、アスラン様も反論の余地を見出せないでいらっしゃるようで。
「でも……一つだけ、お聞きしても宜しいでしょうか……アスラン様」
「……お手柔らかに頼む……」
 ノックアウト寸前の覇気でお答えになるアスラン様をこれ以上いじめないで済むよう、核心に触れさせて頂いた。
「カガリ様と……この先ずっと、御一緒にいて下さいますか?
とても、長い道のりの話になるとは思いますので、今すぐお答え頂かなくても結構ですけれども……」
 笑顔の内には、やや剣呑な視線。
 気押されながら、アスラン様はカップを置いて、仰った。
「自分が、側にいられる限りは、一緒にいたいと思う。
それは、この先の人生も含めての事だし……何より……甘えているかもしれないが、一緒にいてもらいたいとも思っている」
 言い切って、恥ずかしそうにカップに視線を落とされたアスラン様に、もう一度紅茶をおつぎする。
「安心致しました。
どうか、カガリ様を宜しくお願い致します」
 母親の様な笑みをたたえるメイドを、アスラン様は不思議そうな顔で見つめる。
「アスハ邸は、私共にお任せ下さいませ。
カガリ様とアスラン様のお留守の間は、皆で守り通します。
ですから、いつでも、こちらへお戻り下さいませ」
「私共は、カガリ様と、アスラン様を、いつでもお慕い申し上げておりますわ」
 驚いたようにメイド一同の笑顔を見回されたアスラン様は、最期に老執事の微笑みを御覧になり、しばし俯かれて、それから、嬉しそうな笑顔をお見せ下さった。
「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しい。
……ここは、帰ってきてもいい場所なんだな」
 その時、私共メイド一同は存じ上げなかった事ながら、アスラン様は先の大戦の折、御両親を亡くされて天涯孤独の身でいらっしゃったのだそうだ。
 しかし、その事を存じ上げていたとしても、私共の答は変わらなかっただろう。
「勿論ですわ。
私共は、アスハ家をお守り致します。
私共がいる限り、ここがアスハ家で、カガリ様とアスラン様のお帰りになる家ですわ……」


「……そんな風に言われたよ」
 帰ってきたカガリが部屋に戻るなり、アスランは背後から、カガリの肩を抱きすくめた。
 午後のティータイムの話をして、それでも胸に広がる暖かさに、抱きすくめた腕をなかなか離せそうにない。
「帰る場所なんて、もうないと思っていた」
「……何言ってるんだ、お前。
帰る場所がないなんて言わせないからな」
「…………わかった」
 嬉しい。けれど、どう伝えたらいいか分からない。気持ちを持て余すと、アスランはいつもこうしてカガリを抱き締めた。
 言葉では下手で、どうしても伝えられず、それでも伝えたい想いがあってもどかしい。
「……任せた甲斐があったかな」
「どういう意味だ?」
「……教えない。彼女たちに聞いてくれ」
 肩に回った腕を解かせて、正面に向き直ると、戸惑う顔をしたアスランの顔を胸元に抱え込む。
「お前の帰るところは、ここだろ」
 髪を撫でて、もう一度囁く。
「ここに帰って来い。みんな、待ってるから」
 ああ、と。そうアスランが呟いたつもりだった言葉は、聞こえる事がなく、何故か熱くなった目頭から涙が溢れるばかりだった。



──いってらっしゃいませ、御主人様。お早いお帰りを。
私共は、アスハ家のメイドです。
しっかりとお家をお守りして、いつでも、御主人様のお帰りをお待ち申し上げておりますわ。




い、いい、頂いてしまいました・・・!(ひえー!)
隊員12みけとら様が書いてくださいました!有り難うございます!!
茶会でお話していたところ、こんな素敵なものをいただけることになってましたvわーいv
しかも、しっかりあのアスラン様への質問を入れていただいてくださって・・・!(笑)
本当に有り難うございましたvv

みけとら様から、メイド隊員限定で持ち帰りOKが出ましたv
というわけで、メイド隊員限定でフリー配布です!!
みけとら様、重ね重ね有り難うございますっ(>_<)

みけとら様サイト『托卵所』